民主教育について:『はきちがえた民主主義』
民主主義は個人の自由権利を尊重する。しかし、いかに個人の自由権利を尊重すれば
とて、他人の自由権利をおかしてまで、個人の自由権利を主張していいはずはない。
真に自分の自由権利の尊さを自覚した人なら、他人の自由権利の尊さを思うべきだ。
もし、自分の自由権利を主張するために、他人の自由権利は踏みにじってもかまわぬ
というようなことが許されるなら、民主主義社会の自由は全体として失われる。社会
が全体として自由を失えば、その社会の一員である個人の自由もまた、失われるのは
理の当然である。
近頃、民主主義をはきちがえて、自分の、または少数団体の欲望を満たすために、
他の多数の迷惑を顧みず、わがまま勝手を振る舞う心得違いのものがだいぶ増えた
ようだ。こうゆう不心得ものに、正邪善悪の物差しを教え込むことが、民主教育教育
の一大使命である。
尾崎行雄『民主政治読本』(昭和21年)、『尾崎咢堂全集第十巻』118頁より。
民主教育について:『人間のつとめ』
たとえ自分の利益になっても、害になっても、とにかく正邪を判別する良心があれば、
自分の見聞した事実を公にして、世の誤りを正すことが人間のつとめである。
・・・利害損得のみに執着する日本人の封建思想を叩き直して、正邪善悪に基づいて
行動する人間をつくることが、民主教育の目的であり、教育者の使命である。
世界中から尊敬せられ、愛せられる日本人をつくるためには、まず教育家の魂から、
つくりなおしてかからねばならぬとすれば、前途道遠しの嘆なきを得ない。しかし、
日本人の心に根強くこびりついている利害損得本意の封建思想を叩き出して、
正邪善悪本意の真の民主主義精神をしっかり教え込むというような大事業は、
たとえどんな立派な教育家があったところで、とても少数の専門教育家が学校で
生徒を教えるくらいで成し遂げられるような、なまやさしい仕事ではない。
・・・日本人全体が教師となり、同時に生徒になった気で、たがいに教え、教えられ
つつして、向上していくより外はない。
尾崎行雄『民主政治読本』(昭和21年)、『尾崎咢堂全集第十巻』115頁より。
民主教育について:『愛国心より人類愛』
これまでの日本の教育は、国家と個人の関係における道徳の鼓吹に重きを置いて、
社会と個人との関係における道徳の鼓吹を怠った。国家に対するつとめは教えた
が、社会に対するつとめはあまり教えなかった。その結果、共存・共助・共栄と
いうような社会道徳が発達しなかったのであろう。私は国境を限界とする愛国心
で行き止まりになっている日本人の道徳観を、もう一歩進めて、国境を越えた
人類愛の境地にまで延ばしていくことが、これからの民主教育の在り方だと思う。
・・・私は民主主義の使命は、正義観念の強い国民と、寛容な国民性をつくりあ
げることにあると思う。
「国家のため」という圧力に押しつぶされて、国家の悪を見逃してはいけない。
いやしくも、正義人道に反する方向に行きそうな場合は、国家にだろうが、親に
だろうが、夫にだろうが、敢然反対して、これらを正道に戻すような人間をつく
らねばならぬ。・・・そしてそういう人こそが世界中から尊敬せられ、愛せられ
る人である。
尾崎行雄『民主政治読本』(昭和21年)、『尾崎咢堂全集第十巻』129頁より。
民主教育について:『自尊心』
・・・人間平等の思想こそが民主主義の基本精神だといわれる。
我が新憲法は、その14条に、全て国民は法の下に平等であることを保証している。
すなわち総理大臣だろうが、資本家だろうが、地主だろうが、我より上のものでもなく、
下のものでもない。法の目から見た、人間としての値打ちは全く平等である。この精神
がしっかりつかめさえすれば、誰でも、自分で自分を卑しんだり、自分で自分を軽んじ
たりはしない。我こそ、自分自身の権利義務の主体であるという自尊心が、むくむくと
湧き上がって来るであろう。自尊心がある人は権力に屈しない。自尊心のある人は金銭
に迷わされない。自尊心があれば、投票も売らない、乞食もしない、闇もしない。批判
的精神のないことが、日本人に共通の欠点であるとは、敗戦後の日本を観察した外国人
の定評であるが、その原因は、日本人が自尊心に欠けていることにある。
今までは主権は天皇にありとせられたが、新憲法では主権は国民にありと宣言した。
国家の主権は分割することはできないから、主権在民といっても、国民の一人一人が
何千何万分の一の主権の切れ端を持っているというわけでは勿論ないが、国民すなわち
お互いめいめいは、国家主権の一細胞であるという意味で、何人も平等な、尊厳なる
人間である。・・・自尊心があれば、上からの命令または指令に盲従はしない。必ず
その命令なり指令なりを一応批判して、しかる後にそれに服従すべきか否かを決する
に相違ない。権威を外に求めずして、我の内にある権威に目覚めよ。げに「神は全ての
人間を平等につくり給うた」のである。
民主主義の基本精神といわれる平等思想を鼓吹して、国民の自尊心を喚起することは、
民主教育の大きな役目であると思う。
尾崎行雄『民主政治読本』(昭和21年)、『尾崎咢堂全集第十巻』126頁より。
民主教育について:『公共の心』
日本人の公徳心は、残念ながら欧米に比べて甚だ低い。日本の家庭では、子供が庭の
草花を摘んだり、植木を折ったりすると手厳しく叱るが、公園その他の所で、共有の
草木に対して悪さをしても、見て見ぬ振りをする親が多い。西洋人はこれと反対で、
自庭でやったいたづらを叱らない親でも、子供が公園の草花を摘んだり、街路樹の枝
を折ったりすれば手厳しく叱るか、あるいはそんなことをしてはいけない理由を、
くどくど言い聞かせる。決して見て見ぬ振りはしない。
尾崎行雄『民主政治読本』(昭和21年)、『尾崎咢堂全集第十巻』128頁より。