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God's Art: I've found out it is from Divine Providence.
Updated on April 8, 2012
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20メートルの高さの木の巣から落ちた赤ちゃん
わかちゃん、お悔やみの志を有難う御座いました。
今日、朝、蓮の花を頂いて、わかちゃんの霊魂の深奥の優しさを彷彿と感じ
ご神仏の御心にとどく優しい思いやりを頂きチーちゃんが一番よろこんでおり
ありとあらゆるものが混在している泥(どろ)沼がこの世です。その中で、その泥
蓮の花の実が、人が人としてあるあるべき智慧の全てを示し、正しい意識そのもの
合掌、
平成14年 4月10日 記 |
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平成14年 4月19日 チーちゃん、さようなら ・・・
7年間もの長い間、私の生き映しとして、
チーちゃんが4月8日に亡くなってから今日の
今までチーちゃんの旅路をずっと思い祈り続け
てきました。そして、これまで、共に過ごした
チーちゃんのお家をかたずけました。ごめんね。
いつまでも悲しんでいたら、チーちゃんが安心
して天国に行けないものね。
きっと必ずまた会えると信じきっているよ。
その日が来るまで、心と心でお話しようね。
可愛かった。大好きだった。たまらんほど、
いつもいつもいとおしく思い感じていたよ。
今もね。
先日4月15日には大空を、宇宙を飛んで
いる姿を見せてくれてありがとう。嬉しかった。
モリさんにもこのこと、ちゃんと話したよ。
モリさんも、まったく同じ悲しみにくれてるよ。
言葉にしなくても、今のチーちゃんは一瞬にして
全ての人の心の中が観えるよね。ありがとう。
いつも、どこにいても、一心同体だよ。
じゃぁ、また、逢えるその日まで ・・・
チーちゃん、ありがとう !!
わが家に、ユーモアと笑いと
たくましく生きぬく力を姿を、
示して見せてくれて、感謝しますネ。
自由に飛んで ..... 安らかに..... |
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平成15年 5月21日 ポッポちゃんの死 掲載内容準備中 |
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平成16年7月26日 アンポンの死
ある一人の親しい友人への手紙の全文です。
本日、7月26日午後1時30分、最愛のアンポンが死にました。
22年前の夏、阪神神戸高速道路上、海老江と中ノ島出口の
中間の地点で、自動車にはねられて、片羽がつぶれ血だらけに
なってうづくまっていた一羽のはとを見つけましたが、後続車が
一杯の朝の出勤時の時間帯で車を止めて助けることができな
かったので、車中で、必死に観世音菩薩に祈祷して必ず私が
あのはとを助けに参りますので、その時が来るまで、どうか菩薩様
がしっかりと抱いて守ってやってくださいませと何度も何度もお願い
をして、マディソンの事務所に出勤し、その日一日中会社の神殿で
祈祷して夜11時半頃帰路につき同じ道路の反対斜線を走りながら
お祈りを続け甲子園出口に向かい、西宮市門戸の家に帰り、祈り
続けて、翌日の午前3時半まで待って、再び甲子園入り口に向かい、
高速道路に入って、大阪に向かい、海老江を過ぎた所から後続車
の切れ目を探りながら「アンポン」のいた現場に近づき、車を止めて
車外に走って出て、「アンポン」を探して見つけ、無我夢中で抱き上
げました。高速道路の最横のコンクリートの少し斜めになったふちに
へばりついてぐったりとなって目をつぶっていました。死んでいると
思いましたが、、、
抱き上げた瞬間、目をうっすらと開けて、私を見ました。”生きてたんやな”
”観世音菩薩様に今の今までしっかりと抱いていていただいていたのやな”
”観世音菩薩様、ありがとうございました。ありがとうございました。”と言って、
大粒の涙でぐちゃぐちゃになりながら大声を上げてなきながら「アンポン」を
しっかりと抱きしめて、走って車に戻り、後続車が激突しそうになった瞬間に
急発進して、パレロワイヤルへ向かい、609号室まで無事、つれてきました。
すぐ風呂場でぬるま湯で体中の血を洗い落として、傷口を念入りに調べて、
滝の丸鉱山の御神水に漬けて祈祷を重ね続けて、ドライヤーで体を乾かして、
磁鉄鉱パットと磁鉄鉱塊とその粉末をまぶして、軽くタオルで縛り、祈祷をし
ながら一日中抱いておりました。口から御神水を口移しに飲ませました。
そしてその日の夜、タオルを解き、カーペットの上に立たせて見たら、立った
のです。ぐちゃぐちゃになっていた血だらけであった右の大きい羽全体が、
本当に奇跡が起こったように完全に修復されて、左右一緒の状態の形に
戻っていました。ぐらぐらしていましたが、何とかそのまま、立てていたので、
はげまし続けて、ダンボールで作ったはと小屋にタオルを敷いてやり、そこへ
入れてやりました。10日後には、完全に体が修復されて、だんだん元気に
なってきて、一ヶ月後には、普通のはとになりました。そして、22年間今日まで、
私の青春時代の全ての時を共有してきてくれました。生き証人の仏様であった
化身のはとでした。私の日常生活の一切全てを見続けて来て守ってきてくれた
守護霊の仏様自身でもありました。姿形は「はと」でしたが、真実は仏様でした。
その「アンポン」を、本当にやさしく、可愛がってくれた北村達雄さんでした。
ありがとうございました。無心で真実の愛そのもので向かってくださった「アンポン」
はあなたの真心を知っていました。よこで見ていた私はうれしかったです。
この「アンポン」が死んだということは、仏様が仏様の世界にお帰りになったと
言うことが霊道のことわりで、この世での使命をまっとうされたお姿ですが、
「はと」としての肉体を持った「アンポン」とのこの世での別れは、理屈抜きに
涙に暮れる別離の悲しみの極みです。悲しい。本当につらいです。止め処も
無く、涙が出て参ります。今夜は、一緒に寝てやり、明日、武庫川に埋葬する
予定です。大自然に、肉体を帰してやります。貴方が、「アンポン」に捧げて
くださった「無欲の愛」を人々に尽くされるとき、あなも天命をまっとうされるで
しょう。私は、「アンポン」に捧げてきた「愛」を真実、心込めて人々にささげて
生きてきました。ご神仏に誓ってそう言えます。
あなたに、「命の尊厳」の真髄をお伝へするために、この追悼の文章をつづり、
送らせていただく次第です。
平成16年7月26日午後11時45分
雲元雲海 |
平成24年4月8日 更新
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アゲハチョウの生命の躍動を観察して、命の芸術に引きずり込まれました。
卵(直径 1m/m以下) から幼虫、毛虫、黒虫、緑虫、さなぎ(ET のような形が
刻々変化し続ける)、脱皮、完全なチョウチョの原形が出てくる、羽が完全に
伸び筋肉などが機能を整える、そして、体全体が乾いて形がしっかりとなり
体毛などが見事に整い私と2時間ぐらい長い間おしゃべりをして語り合い、
きちんと、お礼を言って大空へ旅立ちました。翌日このとおり元気だよ! と、
挨拶に来て、羽を精一杯広げて美しい姿をみせてポーズしてくれました。
幼虫時代、さなぎ時代、アゲハチョウ時代を通じて、人間と心で対話します。命の実態です。
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vol. 1 l
vol. 2 l
vol. 3 l
vol. 4
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「謙虚なるまごころと人間としての愛、無償のもの」は、この世に存在します。
世の中のできごと全てが、ギブアンドテイクの理念の上に成立しているのでは
人の痛みは我が痛み、他の命の痛みも我が痛み、
地球上のすべての命は、生まれ成長して行く過程においては、全ての生き物は
合掌、
Lovecall に掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。(無断リンク禁止)
命は何処からくるの? 命は誰のもの? アゲハチョウにその答えを観(み)
せて頂きました。「命」の芸術、それは神自身だ。常に変化し続けながら生き
ている命の生態を、とことん見せられました。一切全ての「命の尊厳」を喚起
したい想いで一杯です。
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人間にあまえる行為や行動をし、感謝のこころを表現します。誰も想像できないことでしょう。
食べ物探しの超努力、命の心配、不安、恐怖、安心、喜び、嬉しさ、安寧と感謝があります。
vol. 5 l
vol. 6 l
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vol. 8 l
vol. 9 l
vol. 10
おせっかいと思われるでしょうが、これがラブコールのホームです。
私には大したことは出来なくても人一人の命の存在に対して、もし少し
でもお役に立てれば努力したいと想う心から、誰に対しても同じです。
アゲハチョウの命も、私達人間の命も、「命の価値」は同じです。その
使命と役割分担の存在価値の意味が異なっているだけです。聞き手さえ
聞く耳を持ち、聞き手の自覚の中で「真理」を求める心が湧き上がって
来る時、必ず何らかのお役には立つと、全ての人を信じています。単純
な思いや考えで、人が簡単に人の命を奪う事の無い社会を形成して行く
には、私達一人一人に責任があるはずです。
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ありません。立派な教養を積まれた人々の心の中には、Fair, Care, Share の思
いと考え方が自然に生まれ出てまいります。その原点は母親がその赤ちゃんに、
母乳を飲ませる時の人としての心です。命を慈しむこころ、無償の愛のこころ
と意識です。母親からお乳をもらう赤ちゃんとその母親の表情を想像して御覧
になれば、”純粋な素直なこころ”を持つあかちゃんだからこそ、無心でお乳
を一生懸命飲もうと試みるのであり、母親も無心にその行為ができるのです。
大人になっても、もし人々がこの純粋で素直なこころを持ち続けることが出来
れば、世の中、どれほど素晴らしいものになるでしょうかね。
「命」の芸術は神の意識の現れのすがた
無償の愛の行為を受けて育っていきます。人間社会もそうあって欲しいもので
す。無償の愛の行為を受けて育った人達がまた、他の人達や生きとし生ける一
切の生き物に対してその行為が実行実践できれば連鎖的に心豊かな社会が形成
その時、今と言う時を粗末にし、時を無意味に失ってしまうその大きさは人生
で計り知れないものが一杯あります。全ての原因は自分自身の「我」と言うも
の、自己中心的な思いや考え方の強さでしかありません。誰が悪いのでもあり
ません。自分自身に因なる原因があるのです。良き友や、知人、先輩たちが、
離れて行き、彼らを失うことになってしまうことがあります。自分自身の中に
「素直で純粋」な向上心が無ければ、事態は決っして良き方向には向かいませ
んね。良き指導霊達もその人から離れていくことにもなってしまいます。
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